2012年12月18日火曜日

サムスンの決定はなぜ世界一速いのか

今から7〜8年前だったと思う。当時のソニー会長の出井伸之氏が報道ステーションでのインタビューで「サムスンから学ぶことは何もなかった」と語っていた。WEGAという平面ブラウン管技術を持つがあまり、薄型液晶への投資が遅れ、サムスンと提携したことを振り返っての発言だったと思う。

技術面では確かにその通りだったのかもしれない。しかし、きっとソニーはほかに学ぶことがあったのだと思う。その後のサムスンの躍進のヒントがそこにあったはずだ。

サムスンの決定はなぜ世界一速いのか」はサムスンに電子常務として10年勤務した経験を持つ著者が書いた世界首位を走り続けるサムスンの秘密だ。

サムスンや韓国企業は日本ではまだあまり評価されていないように感じるし、下手をすると、褒めた人間が売国奴扱いされかねない。だが、ここまで成長していることは紛れもない事実であり、そこから生ぶことは多いはずだ。本書が真実を語っているかどうかはわからないし、書かれていない恥部もあるのかもしれない。だが、参考できるところはしたら良い。

と少し冷静に書いてみたものの、実は本書で書かれていることは私が常日頃考え、そして発信している内容と重なるところが多い。

本書のタイトルになっているように、著者はサムスンの成長の秘密はその意思決定の速さにあると言う。

日本では「石橋を叩いて渡る」慎重さが尊ばれる風潮がありますが、いまはそれが許される時代ではありません。韓国の人たちは、腐っている橋でも渡り、渡り終えたあとにはその橋を壊してしまうような感覚を持っています。

また、韓国の格言には「始めたら半分終わったも同じ」というものがあります。
日本では「百里の道を行くのも九十九里をもって半分とせよ」という格言があるのですから、発想は正反対です。
どちらの言葉にも深い意味はありますが、“とにかく始めることが大切”という韓国人の発想のほうが、現在のトーナメント戦に向いているのは間違いありません。

“とにかく始めることが大切”というのは、Facebookのマーク・ザッカーバーグが言う「完璧を目指すよりも、まず終わらせろ」とも通ずるところがある。完璧なことよりも、迅速に動くこと。アジリティ(Agility)、リーン(Lean)などの今のキーワードも思い浮かぶ。

日本の事例主義との違いについても本書は次のように紹介する。

どこのライバル店もまだこの商品を扱ってはいない。あるいは他の国では売れているけれどもこの国ではまだどこも扱っていない。
そういうときにこそ、その商品でビジネスを展開する決断をします。

誰もやっていないからこそ、自分がやる―。

実際はチャンスといえることではなくても、すぐにチャンスだと思い込んでしまうほど、未開拓分野の発見を重視しています。そして、そこに進出したことで失敗しても、どうしてダメだったのかという反省をすることも基本的にはありません。そうやって過去を振り返るのではなく、“前向きに次を考える”という発想が強いからです。

ある日本企業の方とお話させていただいたときに、やたらと先行事例に拘ることに違和感を覚えたことがある。最初は他社がまだやっていないのだったら、日経一面を飾れるかもぐらいの前向きな話かと思ったら、社内を説得するのに、他社の事例があると助かるという。あまりの意識の差に脱力したのを覚えている。日本企業同士、仲良く横を見て進んでいたら、世界では多くの企業が全く異なるスピード感で動いていた。そんな感じなところもあるのではないだろうか。

ほかにもいくつも刺激的な言葉が続く。
今日と明日とでは何もかも違うという考え方をするのが韓国人ですが、日本人の発想はそれとは逆です。
明日も明後日も、今日と変わらないでほしい。

「静かに暮らしたい」という名言を残されたのは、私の一番最初の会社の尊敬する先輩だ。そのときは、彼は特定の管理職を指して、そのように言ったのだが、今やこれが社会に蔓延してしまっているのか。

仕事の進め方についても、私の考えと共通する部分が多い。私は何かを伝えようとしたときに、伝えたかではなく、伝わったかで考えるようにする。同じと思われるかもしれないが、相手にそれが伝わらなければ、伝えたという行為は自己満足でしかありえない。本書では、IT活用としての「見える化」と「見せる化」という言葉でそれを説明している。

「見える化」というのは、必要な情報をいつでも見えるようにしておくことです。一方の「見せる化」は、その情報が、相手にとって有益なものになるように加工することです。
たとえば、「見える化」では、株価に関するデータを提示できる限り羅列しておくようなことがあります。いつでもそのデータを見られるのは便利ですが、そのデータから有意義な情報を受け取れるかはその人次第です。そこで、その株価のデータを折れ線グラフにしたうえ、複数のデータの関連性をわかりやすく視覚化します。それが「見せる化」です。

この例くらいのことはやっていると思うかもしれないが、意外とやれていないものだ。データをどのように活用するかによって、決定は大きく異る。裸のデータを用意することは大事だが、あることを進めたいと思うならば、そのドライブする側の人間が加工し、その判断材料となる状態にまでしておくことが意思決定を速めることとなる。

日本企業が陥りがちな「過剰品質」についても本書では言及している。

実は、私は日本品質について話すことにはちょっとトラウマがある。以前、MITメディアラボ副所長の石井裕教授と対談(石井裕×及川卓也が語る「イノベーションの流儀」とは/リクナビNEXT[転職サイト])をさせていただいたときに、「一秒で直せるものならば、ユーザーから言われて直すので十分だ」と言ったのが近しい人も含めて不快な気分にさせてしまった。これはさすがに言い過ぎだったと今は反省しているが、前から「品質とはユーザーの期待値よりもちょっと上を目指すことだ」と思っている。必要以上の部分にまで拘ることは、職人芸としては尊敬されるが、製品の競争力につながらないことも多い。本書の中でも次のように書かれている。

メーカー側がこだわる品質が消費者の要求を超えていて、それによって価格が高くなるようであれば、それは「過剰品質」ということにもなってきます。
消費者が決めるこの消費品質は、〇か一のどちらかです。
つまり、お客さんが実際に使ってみて、アフターサービスの面も含めて、“また買いたい”と感じたなら一になり、なんらかの不平不満を持って“もう買わない”となった場合は〇になります。ここで〇になれば、設計技術や製造品質でどれだけ高いポイントを稼いでいても、その消費者にとってはその製品に対する評価は〇になるのです。
サムスンでは、“品質は顧客が決めるものであり、メーカーが勝手に決めるものではない”“顧客は購入価格によって品質を追求するものだ”という考えが徹底されています。

日本品質こそが国際標準になるべきところも多く、他国の品質基準まで下げる必要はないが、品質の定義、ここで言う、顧客から見た場合の価値という基準は忘れないようにしないといけないだろう。

サムスンが嫌い、韓国企業が嫌いという人も多いだろう。繰り返しになるが、それでも彼らが成功しているという事実を真摯に受け止め、学べるところは学ぶと良い。本書でも、もともとサムスンは松下幸之助氏の教えから学んだのではないかとの推測が書かれている。日本が失ってしまった精神を再度海外企業から学ぶというのもあるのかもしれない。

本書では、ほかにもデザインへの考え方、多品種少量生産を実現する仕組み、世界各地で成功するための現地法人のあり方、トップダウンとボトムアップからなる組織運営などなど、考えさせられるネタが満載だ。批判精神を持って読み、自分の会社ならばこうすると考えるもよし、そのまま参考にするのも良し。もし読む機会があったならば、是非じっくりと考える材料としてほしい。

最後に、これまた気に入ってしまった名言を引用して終わる。

「卵の殻を自ら割れば、生命を持った鳥になるが、他人が割れば目玉焼きにしかならない」

サムスンの決定はなぜ世界一速いのか (角川oneテーマ21)
吉川 良三

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追伸:「東日本大震災、その時企業は」でも書いたように、あの非常時下、日本企業はスピード感をもって意思決定を進めることができていた。今も非常事態は続いている。原発事故や次の震災ということだけではなく、グローバルな経済の中での生き残りという意味においても。是非、あの時の気持を思い出し、企業改革を進めてほしいと思う。