2012年5月4日金曜日

ブラック企業、世にはばかる



かなり前に献本いただきながら、放置してしまっていた。改めて読んでみて、その内容に頷くところが多いことに気づく。

Amazonのカスタマーレビューではあまり評価が高くないようだが、その理由はタイトルと内容に違いがあるところに依るところが多いようだ。この本で筆者はブラック企業(中ではブラック職場との呼び方で統一される)が存在する理由を日本経済そもそもの構造にあると指摘し、その上でどのように解決できるかを提案する。

本書でブラック職場と呼ばれるものは、法的に問題のある活動をしているものは除外されている。つまり、日本経済を支える上で重要な役割を果たしていながら、そこで働く従業員にとってはブラック、すなわち、さまざまな条件において理想とされるものに程遠いような職場を指している。

その上で、このようなブラック職場を生み出しているのは、その職場だけに問題があるのではなく、むしろ、そのような構造を生み出している発注者であったり、元請けであったり、最終的には消費する一般消費者であると指摘している。

ついこの間、深夜バスの不幸な事故が発生したが、それに対して藤野さんが次のような指摘をしている。
デフレ経済に対応をするためには、消費者に対する価格を下げるための企業努力が必要になります。それは「消費者がのぞんでいるから」です。生産者や販売者は売値を安くしたい動機はあまりありません。売値を下げるのは厳しい経営努力が必要になるからです。売値を下げるには、相当なビジネスモデルの工夫が必要ですし、原価を下げるか、従業員やアルバイトに長時間労働をお願いするか、賃金を引き下げるか、従業員の数を減らすしかないわけです。

高速バス事故の事故の責任は、あなたにも私にもあるかもしれない。ブラック企業を生み出す「ブラック消費者」という問題  | ふっしーのトキドキ投資旬報 | 現代ビジネス [講談社]
ここでは「ブラック消費者」と一般消費者にも責任の一端があると指摘しているが、本書においても、同様の理由により、ブラック職場が無くならない理由を日本経済そして日本社会全体の責任であるとする。

前半の第一部では、ブラック職場をそのタイプにより3種類に分類する。

深夜残業や休日出勤も当たり前の「肉食系」。新卒を大量に採用し、過半数が辞めていくことも構わないような確信犯的な職場。もう1つが勤務は厳しくは無いが、賃金は高くなく、自身の成長が見込めないような簡単な業務しかない「草食系」。最後が一般にはブラックと思われないような、大手人気企業だけれども激務であり、時給換算するとマックやコンビニ以下(本書内で、これは誤解であることが示されるが)の「グレーカラー系」。

それぞれの職場の特徴となぜブラックから抜け出せないかを示した上で、後半の第二部でその解決策を示す。

筆者は、ブラック職場が存在する理由を、日本の従来からの伝統的な雇用システムにあると指摘する。年功序列と終身雇用。ありきたりの結論と思われるかもしれないが、筆者の説明は明解かつ説得力がある。

まず、新卒採用中心主義を改めるように提案している。日本で生まれ育った場合、学歴形成から社会に出るまでには、実は何度か再チャレンジのチャンスがある。中学入試で失敗しても、高校入試があるし、そこで失敗しても大学入試がある。大学院に行く場合には、そこでも再度挑戦できるし、社会人になる際にも再度の挑戦ができる。もちろん、後半になればなるほど、挑戦できる範囲は狭くなったり、難易度は上がったりする。だが、それでも挑戦できる可能性はあるし、回数も確保されている。それが、社会人になるという段階においては、まさに1回のみの挑戦となる。一度、職場選びを間違ってしまうと、その失敗を取り返すことが不可能だ。筆者は、この問題の解決策として、1) 若年者採用中心主義と 2) 中途採用中心主義にすることを提案する。

もちろん、机上の空論となりかねないことを筆者も知っているため、まずは 1) の若年者採用中心主義を勧める。これはこれで難しいが、実際に日本で出来ている団体があり、それを模倣してはと言う。それは公務員だ。筆記試験というハードルを課すことにより、20代後半までの比較的幅のある範囲で募集をかける。一般企業も就職浪人や第二新卒まで含めて、採用を検討してはどうだろうか。採用にかける手間を軽減するために、資格試験などを利用することも可能だと言う。

2) の中途採用中心主義に関しては、雇用の流動化やさらには解雇規制の緩和を言う。これに関しては日本に馴染まないという声も多いだろうが、私も同意する。日本社会全体で見た場合に、優秀な人材を適材適所に配置できないことが日本の成長を著しく阻害し、競争力を削ぐことになる。本書でも書かれているように、日本にさまざまな事情があることは承知している。年功序列と終身雇用に最適化された職場において、中途を採用することや解雇を積極的に行うことなどは、激しい軋轢を生み、また痛みも伴う。だが、ブラック職場の存在を知りながら、見て見ぬ振りをしないためにも、さらには激しい勢いで変化する社会構造に対応するためにも、戦後積み上げてきたシステムそのものの見直しをしないといけないのではないだろうか。

筆者は中途採用が進まない理由の1つとして、年齢に対するこだわりがあるのではないかと指摘する。つまり、年上部下と年下上司の関係に代表される、職場における年齢のダイバーシティの問題である。日本においては、年齢が社会的な地位と密接に結びついていることもあり、年齢がその職場の年功序列モデルの中に収まらない人を採用することが難しい。筆者はさまざまな実例もあげながらその課題を解説しているが、1つ重要な視点でこの問題に対する提案をしている。

年齢差があっても気心が知れるような人は次のような人だと言う。
生物学的年齢にかかわらず好奇心やチャレンジスピリットにあふれ、雑用などもいとわないフットワークの軽さを持ち、謙虚で、決して『最近の若いものは』的な発言をせず、さらに自分の過去の(成功)体験をひけらかさず、またそれにとらわれないといった行動特性を持つ人が、年を感じさせない(若々しくみえる)のではないだろうか。
さらには、こうした考えを「心のアンチエイジング」と呼び、中高年がこの心のアンチエイジングに努めれば、年齢のダイバーシティを実現する職場環境が実現できると言う。

簡単だとは思わないが、雇用対策法における年齢制限をかけた募集が禁じられているのが、掛け声倒れに終わっていることを考えると、このような根本的な職場における年齢のダイバーシティを実現することを進めないといけないであろう。

特に、この後半の第二部に共感する部分も多く、ちょっと前の書籍ではあるが、お勧めしたい。

光文社様、献本ありがとうございました。


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