2007年9月3日月曜日

単行本で出版されたときから気になっていたが、文庫になって久しいので、ついに読んでみた。柳美里の命四部作第一幕。

既婚者との不倫し出産にいたる筆者と東京キッドブラザース主宰の東由多加氏の末期癌との闘病を描いたもの、と一言で書くと、極めて軽く感じてしまう。この作品には、こんな簡単な言葉では表せられない情や業というものが込められている。

命 (新潮文庫)
命 (新潮文庫)

Amazonのカスタマーレビューを見ると、絶賛する人とここまでかと思うほど酷評する人に二分されているが、ここまで評価が分かれる作品も珍しいのではないか。作品そのものに対する評価に加えて、柳という人、その生き方を理解できるか、支持できるかがこの極端に別れる評価に現れているのではないかと思う。

柳氏の生き方を自分勝手とか他者に責任を押し付けるということもできるかもしれないが、人間なんて所詮自分勝手なものだ。それよりも、ここまで生と死について向き合って、不安定な精神のままでも懸命に答えを探す姿に私は心打たれた。

さらに、一方の主人公である東氏が柳氏にもまして魅力的だ。東京キッドブラザースは私の世代でロックやミュージカルが好きならば、一度はあこがれた劇団だろう。その主宰である東氏の名前は知っていたが、どのような人物かはほとんど知らなかった。Wikipediaの東京キッドブラザースや東氏の項目も悲しいくらい情報がない(2007年9月現在)。氏のことを知る本ならば、ほかにもたくさんあるのかもしれないが、この作品から氏を知るというのも悪くないのではないか。たとえば、氏が生まれてくる子供のために何ができるか考えて次のような手紙を治療中のニューヨークから日本の柳氏に送る。
初めて言いますが、あなたの赤ちゃんに何をしてあげられるだろうかと考えてきました。ぼくには恐ろしいほど時間がないのですが、出来れば、ですよ、死ぬまでに3人の名前をプレゼントしたいと思っています。赤ちゃんの御守のなかに3人の名前と生年月日と住所と電話番号を書いた紙を入れます。その3人は赤ちゃんの身に何か困った事が起きたときに連絡すると、必ず役に立ってくれる人です。ぼくに代わって助けてくれます。
驚いた。まったく同じではないが、私もこのような考えをすることがある。会う機会が失われた友人がいるのだが、その友人にはCarole KingのYou've Got A Friendの一節を送った。JASRAQが怖いので、歌詞を引用できないが、「もし助けが必要ならば、どんなときでも呼んでくれ」という内容だ。

柳氏が東京キッドブラザースでまだ女優を目指していたときの関連エピソードも東氏の想いを現している(劇団員に真の友人を今すぐここに呼んでみなさいという場面)。まさに、これなど、「友人」というものに対する氏の希望とおそらく予想していたであろう現実が示されている。

私はいろいろなものに影響される傾向にあるのだけれど、この「命」も結構重く心の中に残った。四部作なので、あと三幕ほどあるのだけれど、読むタイミングを選ばないと。